小澤征悦の英語力なぜ?父親小澤征爾や母親と小沢健二など家族が凄い芸能DNA!

俳優の小澤征悦さんと言えば、父親小澤征爾さんである事は有名だと思います。

そんな小澤征悦さんは高い英語力を持ち合わせているのだとか。

それはなぜなのでしょうか。

また、小澤征悦さんの家族は、父親の小澤征爾さんだけでなく、母親も従兄の小沢健二さんも芸能界で活躍しています。

そんな凄い芸能DNAを持つ家族についても見ていく事にしましょう。



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小澤征悦の英語力なぜ?

 

小澤征悦さんは、ネイティブスピーカー並みの英語力を持っているのだそう。

なぜそのような能力があるのでしょうか。

ここではその高い英語力のワケと、それを生かした小澤征悦さんの活躍ぶりについて見ていく事にしましょう。

小澤征悦の英語力なぜ?

 

小澤征悦さんは、素晴らしい英語力をお持ちで、発音もネイティブそのもの。

とっても流暢なのだといいます。

その理由としては、出生がアメリカ合衆国のカリフォルニア州サンフランシスコであった事が考えられます。

小澤征悦さんは帰国子女だったんですね。

3歳になるまでアメリカで英語に触れながら育ったため、自然に英語力が身についたのでしょうか。

幼い頃に英語に触れて生活をしていると、日本語には無い発音が大人になってから習うよりも容易に出来るようになるそうです。

本当に羨ましい環境ですね。

その後、小澤征悦さんは、4歳の時から日本で暮らすようになったといいます。

小澤征悦は英語力を生かしてハリウッドデビュー?

 

その英語力を生かし、小澤征悦さんは、2016年に映画『ザ・フォレスト』ハリウッドデビューを果たしています。

この映画は、富士山の麓の樹海を舞台にしたホラー映画で、小澤征悦さんが樹海を英語で案内していくという役柄でした。

主演の英女優ナタリー・ドーマー、米歌手レディー・ガガの婚約者で米俳優のテイラー・キニーに続く大役を、オーディションによって獲得しました。

さすがハリウッド。

共演者にも超大物が揃っていますね!

小澤征悦さんは、俳優としてデビューをした1998年当時から日本国外での活躍も視野に入れて、アメリカのロサンゼルスに通い芝居や英語の勉強してきたといいます。

「日本での経歴など関係なく、自分の芝居だけで選んでもらえた事は大きな励み。」

と、この役を任された事に感激している様子だったそうです。

また、

「ハリウッドは夢だった。

これをきっかけにもっと(海外作品に)出演できるようがんばっていきたい。

もちろん日本でも!」

と、ここから更なる飛躍に向けて意気込んでいました。

『ザ・フォレスト』では日本人という設定の役ながらも、セリフは全て英語でした。

その中で、小澤征悦さんはネイティブと同等レベルの流暢な英語を話しており、ハリウッド映画にすんなりと馴染んでいたのです。

身長も183cmと長身で、外国人の中にいても違和感がなく演じられるのも強みなのかも知れません。

演技力もあり、英語力もネイティブに近い俳優さんとは、貴重な存在ですよね!

参考動画:シネマトゥデイ 映画『JUKAI-樹海-』予告編

 

この予告動画を見ても、全く違和感のない英語で演技をされている事が分かります。

ホラーは苦手ですが観てみたくなってしまいました!

 



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小澤征悦の父親小澤征爾や母親と小沢健二など家族が凄い芸能DNA!

 

小澤征悦さんは、父親が小澤征爾さん、母親が女優の入江美樹さん、姉がエッセイストの小澤征良さんと、まさに芸能一家。

また、従兄には小沢健二さんもおり、家族が皆さん凄い芸能DNAを持っている事がわかります。

ここでは、そんな小澤征悦さんの家族の凄さについてまとめてみましたのでご覧ください。

小澤征悦の父親小澤征爾や母親!

 

小澤征悦さんの父親は、言わずと知れた世界的に活躍する指揮者小澤征爾さんです。

小澤征爾さんは1935年に中国の満州で生まれました。

小学生の頃に、一番上の兄からピアノを学び、その才能は開花しました。

当時は家にピアノは無く、アコーディオンで練習をしたといいます。

後に親戚から譲り受け、横浜から立川まで3日かけてリヤカーで運んだのだとか。

成城学園中学校を経て、桐朋学園齋藤秀雄さんに指揮を学びました。

なぜピアニストの道に進まなかったのかと言うと、中学時代に、部活で所属していたラグビー部の試合中に指を骨折してしまったからなのだとか。

小澤征爾さんがラグビー部であったとは意外ですよね。

泣く泣くピアニストの夢を諦めたのですが、その時骨折をしなかったら、指揮者である小澤征爾さんは誕生しなかったわけですので、これもすごい巡り合わせですね。

小澤征爾さんの持つ、指揮者として特に際立った才能は、音楽性と集中力なのだそうです。

スコアを読み、それを音楽として再現する力は誰にも真似が出来ないものなのだとか。

また、一旦曲が始まると、他にどんな雑音があろうと聞こえなくなるのだといいます。

小澤征爾さんの作り出す音楽の完成度の高さは、世界に認められ、現在でも尚高い評価を得ています。

 

小澤征悦さんの母親は、元モデルで女優の入江美樹さんです。

本名は、「インリン・ヴェラ」と言うそうで、神奈川県横浜市の生まれではありますが、父親がロシア人のハーフなのだそうです。

1958年、当時14歳の頃、メイドと二人で化粧をした写真を撮り、母親に隠れて『装苑』のモデルに応募したところ、2000人の中から1位に選ばれ、その後モデルとしてデビューしたのだとか。

デビュー当時は「元木信子」という芸名でしたが、永六輔さんにより「入江美樹」に改名しています。

ファッション誌やテレビを賑わせ、多忙になると当時通っていたインターナショナルスクールのサンモール修道院から注意をされたため、高校2年で中退する事になってしまいました。

デビューから6年後の1964年には森英恵さんのモデルとして、世界11ヶ国から集まった50人あまりのモデルの中で第1位に輝き「世界で一番美しいモデル」との称号を得たのだそうです。

父親の小澤征爾さんだけでなく、母親も世界的に活躍されていたんですね。

小沢健二など小澤征悦の家族が凄い芸能DNA!

 

小澤征悦さんの凄い芸能DNAを持った家族は、両親だけではありません。

 

従兄にはミュージシャンの小沢健二さんがいます。

名字が同じなので想像は出来ますが、調べてみるとやはり父方の祖父が同じようですね。

小沢健二さんは東大卒の超エリートでありながら、在学在学中からアマチュアバンド「ロリポップ・ソニック」で活動をしています。

ソロでのデビューは25歳の時でした。

その約1年後ヒップホップ・グループのスチャダラパーと共演したシングル『今夜はブギー・バック』をリリースし、50万枚を超える大ヒットとなりました。

翌年には『NHK紅白歌合戦』にも出場し、一気に日本を代表する歌手となったのです。

「オザケン」の愛称でも親しまれ、『カローラⅡにのって』などは、記憶に残っている人も多いのではないでしょうか。

 

また、小澤征悦さんの姉、小澤征良さんはエッセイストなのだといいます。

小澤征爾さんから一文字とったお名前なんですね!

小澤征良さんも上智大学を卒業している才女です。

大学卒業後、メトロポリタン歌劇場で演出助手を務める傍ら、オペラ演出を学びました。

その後、テレビ番組の司会などを経て、今では雑誌を中心としたエッセイストとして活躍されています

。2002年に出版したエッセー『おわらない夏』(集英社)がベストセラーになるなど才能を発揮されています。

 

このように見てくると、小澤征悦さんの家族は皆さん本当に凄い芸能DNAを持っている事が分かりますよね。



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まとめ

 

小澤征悦さんは幼少期にアメリカで暮らしていた経験から、流暢な英語を話す事が出来、それを生かして俳優として大活躍されていました。

また、家族の芸能DNAは凄いものがあり、皆さん各方面で国内には留まらない活躍をしています。

それだけでなく、学力も持ち合わせている方が多いのも印象的でした。

DNAによって代々受け継がれてきたものもあるのだと思いますが、それに加えてご本人の努力があるからこそきっと今の活躍があるのでしょう。

これからも皆さんの活躍を楽しみにしていきたいと思います。

 

参考サイト

Wikipedia

livedoor.ニュース

TOM company 公式HP

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