桑田佳祐と原由子のエピソード!音楽活動や私生活はどうなってる!?

音楽界のおしどり夫婦と言えば、桑田佳祐さん原由子さんを思い浮かべる人も多くいるでしょう。

学生時代から交際が始まっていた桑田佳祐さんと原由子さんのエピソードには、どのようなものがあるのでしょうか。

今回はお2人の出会いにまで遡ってみていく事にします。



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桑田佳祐と原由子のエピソード!

 

桑田佳祐さんと原由子さんの出会いは大学時代だったといいます。

本当に長い付き合いなんですね。

お2人はどのようにして結婚まで行き着いたのか気になりますよね。

過去のエピソードを交えてみていく事にしましょう。

 

桑田佳祐と原由子のエピソード!

 

桑田佳祐と原由子の出会った気きっかけ

 

桑田佳祐さんと原由子さんは、青山学院大学在学中に所属していたサークル「BETTER DAYS」で出会いました。

1974年に入学した桑田佳祐さんは、当初音楽サークル「AFT」で活動していましたが、しばらくしてAFTのメンバー達とロックバンド「温泉あんまももひきバンド」を結成しました。

翌年後の妻となる原由子さんが入学します。

入学直後、知人に軽音楽部への勧誘を受けた原由子さんは、部室へ向かう途中の階段で桑田佳祐さんに出会ったのだとか。

その時、桑田佳祐さんが聴いていたのがエリック・クラプトンの曲でした。

原由子さんもその曲が大好きで、共感を覚えたのだといいます。

その時の桑田佳祐さんの印象は「何となくいじめっ子」との事。

その後AFTに入ったわけですが、「温泉あんまももひきバンド」の存在を知り、桑田佳祐さんの事を危険人物だと思ったのだとか。

第一印象悪すぎですよね(笑)

このバンド名は、長野に合宿に行った際の桑田佳祐さんの姿から付けられた名前なのだといいます。

AFTの夏合宿の際メンバー内でロック派とフォーク派が対立し、AFTが分裂してしまいます。

桑田佳祐さんらロック派は新たなサークル「BETTER DAYS」が誕生しました。

一方原由子さんはフォーク派へ。

しかしながらその後BETTER DAYSに移り、桑田佳祐さんと原由子さんは、この時初めて一緒にバンドを結成したのです。

今から約45年前の事ですが、ここに原点があったのですね。

桑田佳祐と原由子の馴れ初め

 

第一印象があまり良くなかった事もあってか、最初から恋愛感情はありませんでした。

それどころか桑田佳祐さんは、原由子さんの友達に好意を持っており、その方目当てで原由子さんに近づいたようなんです。

今ではおしどり夫婦なのに、過去にはそんなエピソードがあったんですね。

しかしながら、二人で話しているうちにみるみる意気投合。

徐々に恋愛感情が芽生えてきたのたといいます。

そこからサザンオールスターズを結成し、デビューした翌年の1979年に、桑田佳祐さんが原由子さんに

「ずっと一緒にいよう」

と告白したことから、交際が始まりました。

プロポーズのような素敵な告白ですよね!

その後、月日を重ね、約3年後の1982年2月26日に入籍をしたのです。

良いエピソードばかりではありませんでしたが、今振り返れば笑って思い出されるものなのでしょうね。

 

桑田佳祐と原由子の結婚披露宴

 

入籍日から2日後の2月28日に東京プリンスホテルの鳳凰の間にて盛大な結婚披露宴を行いました。

タモリさんや大御所と呼ばれる芸能人が出席しただけでなく、何とファン約3,000名も出席したのだといいます。

招待されたのはファンクラブの会員からの抽選で選ばれた人だったそうですが、本当にいい記念になりますよね!

 

その時の引き出物がこちら。

これはレコードなのだそうですがとってもおしゃれですよね!

貰った人が羨ましいです。

オークションなどにも出品されているようですが、貴重な記念品なので大事にしてほしいですよね!

 

https://twitter.com/shima_makki/status/968505242676379648?s=20

幸せそうで素敵なツーショット!

いつまでも仲の良い夫婦でいてほしいですね。



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桑田佳祐と原由子の音楽活動や私生活はどうなってる!?

 

ここまで、桑田佳祐さんと原由子さんのこれまでのエピソードについてみてきましたが、次は、お2人の音楽活動やプライベートについて調べてみました。

順調そうに見えますが、桑田佳祐さんと原由子さんにも危機があったのだとか。

さっそく見ていく事にしましょう。

 

桑田佳祐と原由子の音楽活動

 

サザンオールスターズがデビューしたのは1978年。

デビュー曲は、今でも大変有名な、「勝手にシンドバッド」

発売当初の売上は伸び悩み、100位にも入らなかったのだとか。

今ではよく知られているだけあって意外ですよね!

しかしながら翌年には 「いとしのエリー」で大ヒット。

その後も「チャコの海岸物語」や「真夏の果実」、「明日晴れるかな」、そしてシングル44枚目にあの「TSUNAMI」がリリースされました。

TSUNAMIは日本レコード大賞を受賞しており、その時のインタビューで桑田佳祐さんは、

「やっとひばりさんの背中が見えました」

と語っています。

2000年2月7日付のオリコン週間ランキングでは、初週65.4万枚を売り上げ、1位を獲得しました。

これは日本のロックバンドとして史上初の3年代(1980年代、1990年代、2000年代)連続の首位という事で、サザンオールスターズがいかに長い間音楽界のトップで活躍しているという事が分かると思います。

 

これらの実績からも分かるように、桑田佳祐さんと原由子さんの生活は多忙なものとなりました。

それゆえ2人の間にもすれ違いが起こるようになってしまったのだといいます。

桑田佳祐さんが原由子さんに、別れを切り出し、それに原由子さんも

「今までありがとう」

と答え、2人は最後に握手をして別れたのだとか。

ずっと順風満帆だと思っていましたが、結婚前にはそんな事があったのですね。

しかしその次の日、桑田佳祐さんが原由子さんの自宅に来て

「結婚しよう!

ずっと一緒にいよう!」

と改めてプロポーズをしたのだそうです。

歌の歌詞に出来そうなエピソードですよね。

後日、桑田佳祐さんが原由子さんに向けて、歌ったという曲があの「いとしのエリー」だったのだとか。

しかも電話口で歌ったということで当時の多忙な様子がうかがえますよね。

「いとしのエリー」は、単に売上の記録だけでなく、桑田佳祐さんと原由子さんお2人にとっても特別な曲となったわけですね。

 

桑田佳祐と原由子の私生活

 

桑田佳祐さんと原由子さんの間には、二人の子供がいます。

 

長男は、祐宣(ゆうき)さんで、1986年2月10日生まれ。

桑田佳祐さんが父親の顔になっていますよね!

素敵なプライベート写真です。

 

祐宣さんは、高校生の頃からバンドを組んでいたそうで、大学も両親と同じ青山学院大学に入学しています。

「両親が偉大過ぎて親の七光り的にデビューしたくなかった」

という理由で芸能活動はしないつもりで、デビューの話が来ても断り続けて来ていたそうですが、桑田佳祐さんが食道がんを患った事をきっかけに、心境に変化があったのだといいます。

当時父親である桑田佳祐さんから、

「やりたいことをやりなさい」

という声を掛けられ、

「偉大な父に近づきたい本気で音楽をやりたい」

と、自分に素直になれたのだとか。

その後、祐宣さんはプロデビューを果たしました。

桑田佳祐さんはそれに対し、

「やっとやりたい事が見つかったのか」

と背中を押してくれたのだそうです。

父親としても、一ミュージシャンとしてもカッコいいですよね。

 

長男祐宣さん誕生の2年後、次男の洋輔さんが生まれました。

同じく青山学院に中学校から入学し、大学まで進学したそうです。

一般時のためか、情報はあまりありませんが、桑田佳祐さんと原由子さんは2000年の春に、洋輔さんの小学校の卒業式に行ったのだとか。

何とそれだけでなく、卒業生の前で当時大ヒット中の「TSUNAMI」を桑田佳祐さんが生ギターで歌ったのだといいます!

そこに居合わせた人は大興奮だったでしょうね。

原由子さんは、その様子を後方からビデオカメラで撮影していたという事で、それにもビックリしてしまいますよね。

とっても思い出深い卒業式になった事でしょう。



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まとめ

 

桑田佳祐さんと原由子さんは、第一印象は良くなかったようですが、それから意気投合し、今では皆が羨むおしどり夫婦です。

別れ話が出た事もあったようですが、それを乗り越えた時に桑田佳祐さんが原由子さんに「いとしのエリー」の歌を贈ったというのがとても印象的でした。

名曲で有名ですが、そんなエピソードがある曲だったんですね!

これからも仲の良い2人で、私たちに素敵な音楽を届けてほしいと思います。

 

参考サイト

Wikipedia

oricon.ニュース

サザンオールスターズ公式HP

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